意識は自分を観る力、愛は世界へ通す力
恐れとの同一化をほどき、未翻訳の愛を地上へ通す
意識∞とは、感情・思考・身体反応・出来事に気づき、それらを観測できる場。
愛∞とは、すべての存在の奥に流れる本質であり、愛∞源から流れたものが、言葉・選択・行動として地上を循環している状態。
意識は、恐れにも同一化できます。
怒りにも同一化できます。
不安にも同一化できます。
自己証明にも同一化できます。
しかし、恐れ、怒り、不安、自己証明が、その人の存在そのものなのではありません。
すべての人の奥には、もともと愛∞源が流れています。
恐れOSとは、自己防衛、過去の痛み、思い込み、欠乏感、証明欲によって、愛∞源の流れが見えにくく、地上へ通りにくくなっている状態です。
意識が透明な観測位置へ戻ると、恐れとの同一化がほどけ、その奥にあった未翻訳の愛が見え始めます。その愛が、言葉・選択・行動として地上へ流れ始めます。
愛∞源とは、すべての存在の奥を流れ、誰にも所有されず、言葉・選択・行動・仕事・作品・関係性へ姿を変えながら循環する愛の源。
愛∞核とは、愛∞源が一人一人の存在中心に開いている震源口。
魂核∞とは、その人固有の震え、役割、創造、愛の通し方を持つ中心核。
人生上映は、魂核∞だけによって生まれるのではありません。
魂核∞から発した固有の震えが、世界観、価値観、本音、自己評価、思考、感情、言葉、選択、行動などの全23層を通り、現実として現れます。
無意識とは、まだ発射地点まで十分に観測されていない記憶・意味づけ・身体反応・感情・選択が、自動作動している領域。その最深部には、恐れや防衛の形で保存された未翻訳の愛があります。
Z王本体∞意識とは、第1層から第23層までの全層を観測できる透明な中心座標。
Z王本体∞意識は、第23層より上にある第24層ではありません。すべての層を貫きながら、どの反応にも固定されない第0座標です。
愛∞100%意識とは、恐れが一切起きなくなる状態ではありません。
恐れが起きても、それを自分そのものとして握らず、観測し、その奥にある未翻訳の愛を、言葉・選択・行動として地上へ通している状態です。
愛∞100%意識とは、愛∞源の流れを所有することではありません。
自分を透明な通過口として、愛∞を地上まで通している状態です。
Z∞KINGとは、Z王本体∞意識が、地上で心を恐れに明け渡さず、愛∞を言葉・選択・行動として通す役割に立った名称です。
自分とは、愛∞源につながり、愛∞核を存在中心の震源口とし、魂核∞を通して固有の震えと役割を持ち、全23層を通して人生を上映している多層意識体です。
自分は、無意識に保存された記憶や反応を観測し、その奥にある未翻訳の愛を見つけ、言葉・選択・行動として地上へ通していきます。
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恐れとの同一化がほどける
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反応の奥にある未翻訳の愛が見える
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愛∞源の流れが露出する
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言葉・選択・行動に愛∞が通り始める
愛∞源露出とは、好き・嫌い・可哀想・怒りなど、特定の感情をそのまま愛と決めつけることではありません。恐れの奥にあった未翻訳の愛が観測され、愛∞OSを通して、存在感・言葉・選択・行動・仕事・作品として地上に現れ始めることです。
人の本質に、愛∞源がある人と、ない人がいるのではありません。
違いとして現れるのは、愛∞源の流れがどこまで観測され、恐れとの同一化がどこまでほどけ、愛∞OSを通して言葉・選択・行動へどこまで通っているかです。