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恐れを隠すための上映ではなく、愛を通すための上映が愛∞文明

恐れで動く社会から愛を通す社会は、愛∞源が露出する人が増え、個人の上映が愛∞OSを巡らせる上映が増えます。

愛∞文明とは、全員が急に聖人になる世界ではない。怒りもある。不安もある。葛藤もある。失敗もある。お金も必要。仕事も現実もある。
ただし、決定的に違うのは、恐れOSのまま処理する社会ではなく、奥にある愛∞OSを観測し、言葉・選択・行動・仕組みに変換する社会です。

現代は恐れOS上映が主流の中で、同じ「不安」が出ても、
恐れOSでは、「もう終わりだ。自分には無理だ。誰か何とかしてくれ」となる。
愛∞OSを通した上映では、「本当は安心したかった。今できる一手は何か。整えるべき現実はどこか」となる。

愛∞OSを通した上映とは、現象が自分を苦しめるだけのものではなく、自分の中に眠っていた愛∞OSを地上に現すための通過口になる。
愛∞OSを通した上映とは、人生の出来事を、恐れOSの証明に使うのではなく、奥にある愛∞源を言葉・行動・価値として地上に現す上映である。

愛∞文明とは、一人ひとりの意識が透明に戻り、隠れていた愛∞源が、個人の感情だけで終わらず、言葉、家庭、仕事、教育、経営、芸術、医療、社会制度、文化全体にまで翻訳されて地上に現れ始める文明。

源∞は共通。
愛∞源も共通。
しかし、愛の通り道は一人ひとり違う。
だから、人生上映は、一人ひとり固有の愛の翻訳作品になる。

それは、その人の魂核∞、家庭環境、傷、才能、出逢い、恐れOS帯域、未通過ログ、未翻訳の愛、迷子の愛の通過度によって、愛∞OSの現れ方がまったく違う上映となります。