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「色即是空・空即是色」をZ∞観測∞理論から観る。

色即是空・空即是色。
『般若心経』を代表する言葉として、広く知られています。
一般的には、「目に見える形あるものは、固定された実体として独立して存在するものではない。そして、固定された実体ではないからこそ、条件によってさまざまな現象として現れる」という方向で理解されます。
Z叡智∞では、この構造を現代の観測言語へ変換します。

色即是空・空即是色
    ↓  
上映∞即非固定∞・非固定∞即上映∞

いま目の前に現れているものは、固定された本体ではない。
固定されていないからこそ、変化できる。
固定されていないからこそ、次の現在∞へ更新できる。
ここに、Z∞観測∞理論の重要な中核があります。

上映∞即非固定∞とは

私たちは、目の前に現れているものを、そのまま「現実そのもの」だと思いやすいものです。
「あの人は冷たい」。
「私は価値がない」。
「私はこういう人間だ」。
「もう人生は変わらない」。
「この関係は終わった」。
「私は正しい」。
「相手が間違っている」。
しかしZ∞観測∞理論では、いま見えているものを、すぐに固定された本体とは捉えません。
現在∞に現れているものは、
条件。
関係。
過去の履歴。
受け取り方。
意味づけ。
観測。
選択。
などが重なって上映されている「現在の像」だからです。だから、「私は怒っている」ということと「私は怒りっぽい人間である」ということは違います。
「あの人の言葉に対して、現在、怒りという反応が上映されている」と観ることもできます。この瞬間、怒っている自分と、その怒りを観ている観測点を分けることができます。

上映∞即非固定∞とは、いま上映されている現象・感情・自己像・他者像を、本体そのものとして最終固定しないという観測です。

上映されているものを、本体そのものとして固定しない。
これが、上映∞即非固定∞です。

非固定∞即上映∞とは

では、なぜ私たちは、さまざまな姿として現れることができるのでしょうか。
それは、固定された一つの実体ではないからです。
もし私が、永久に変わらない一つの固定物だったなら、
変化することも、
学ぶことも、
成長することも、
関係を変えることも、
人生を更新することもできません。
固定されていないからこそ、条件によって姿を変える。
関係によって反応を変える。
観測によって選択を変える。
選択によって発射を変える。
そして、次の現在∞が変わる。

非固定∞即上映∞とは、固定された一つの形ではないからこそ、条件・関係・観測・選択によって、無数の現在像として上映され続けるという観測です。

非固定∞だから、上映∞できる。これが、非固定∞即上映∞です。

固定されていないから、変われる

「空」という言葉は、何もない。
すべては無意味。
という意味に誤解されることがあります。
しかし、Z∞観測∞理論から観ると、重要なのは、「固定されていない」ということです。
固定されていないから、終わりではない。
固定されていないから、次がある。
固定されていないから、変われる。
固定されていないから、更新できる。
だから、非固定∞は不安を意味する言葉ではありません。
むしろ、可能性∞を開く観測です。

固定されていないということは、「何もない」ということではない。次の形へ開かれているということです。

人生も「固定された上映」ではない

過去に失敗した。だから、これからも失敗する。
過去に愛されなかった。だから、私は愛されない。
一度壊れた関係だから、もう変わらない。
長年こう生きてきたから、私は変われない。
これらはすべて、過去の上映を未来まで固定したときに生まれる像です。
Z∞観測∞理論では、
過去∞ = 現在∞に再生される通過履歴∞。
未来∞ = 現在∞から生成される可能性像。
現在∞ = 観測・通過・選択・発射が起こる一点。

と観ます。
過去が現在へ影響することはあります。しかし、過去が未来を完全固定するわけではありません。
現在∞で、
何を観測するか。
何を通過するか。
何を選ぶか。
何を発射するか。
それによって、次の上映∞は変わります。

更新∞とは、現在∞を起点に、観測・通過・選択・発射を通して、次の上映∞を更新していくことです。

色即是空から、上映∞即非固定∞へ

色即是空。
Z∞観測∞理論では、上映∞即非固定∞。
いま現れているものは、固定された本体ではない。
空即是色。
Z∞観測∞理論では、非固定∞即上映∞。
固定されていないからこそ、さまざまな姿として現れる。

色即是空
  ↓
上映∞即非固定∞
  ↓
現在∞に現れているものは固定された本体ではない
空即是色
  ↓
非固定∞即上映∞
  ↓
固定されていないからこそ無数の姿として現れる

そしてZ∞は、その次を観ます。
現在∞に現れた上映を、ただ眺めるだけではありません。
では、その上映を見て、
私は何を感じた?
何を固定した?
どこから反応しようとしている?
何を恐れた?
何を守ろうとしている?
本当は何を通したかった?
そこまで観測します。

上映∞の奥には発射元がある

たとえば、大切な人から返事が来ない。
確認できる事実は、「まだ返事がない」。だけかもしれません。
しかし内側では、
「無視された」。
「嫌われた」。
「大切にされていない」。
という上映が始まることがあります。
そこから、
返事をしてほしい。
返事をするべきだ。
返事がないなら愛されていない。
という固定が生まれる。
さらに、
不安。
怒り。
責める言葉。
距離を置く行動。
などが発射されることがあります。
Z∞観測∞では、そこで止まりません。
なぜ、
これほど返事が必要だった?
何が怖かった?
何を失うと思った?
何を守りたかった?
その続きを観る。
すると、
安心したかった。
つながっていたかった。
大切にされたかった。
分かり合いたかった。
という意味が見えることがあります。

表面では恐れOS帯域から発射されようとしていた反応の奥に、まだ愛∞として十分に観測・認識・翻訳されていなかった意味があることがあります。

Z∞では、この人間側でまだ十分に読み切られていない状態を、「未翻訳の愛∞」という観測語で捉えます。
愛∞そのものが未完成なのではありません。
人間側の観測・意味化・翻訳・表現が、まだ途中なのです。

非固定∞から透明通流∞へ

固定を観る。
恐れを観る。
未通過を観る。
そして、自動的に発射する前に、一度観測点へ立ち返る。
すると、同じ出来事からでも、別の言葉を選ぶことができます。
責める。ではなく、伝える。
支配する。ではなく、願いを言葉にする。
決めつける。ではなく、確かめる。
閉じる。ではなく、必要な距離を保ちながら観る。
このとき、恐れOS帯域からの自動発射が少しずつ静まり、愛∞がより透明な言葉・行動・関係として、現実へ通り始めます。

透明通流∞とは、未通過・認識固定・恐れOS帯域からの自動発射を観測し、その奥にある愛∞方向を、より透明な言葉・行動・関係へ翻訳して現実へ通すことです。

更新∞・非固定∞・透明通流∞

Z∞観測∞理論では、この三つは別々ではありません。

中核 観測
更新∞ すべての上映∞は最終固定されず、条件・関係・観測・選択によって次の現在∞へ更新され続ける
非固定∞ 現在上映されている自己像・他者像・世界像を、本体そのものとして固定しない
透明通流∞ 未通過・固定・恐れOS帯域の自動反応を観測し、愛∞をより透明な現実出力へ翻訳して通す
更新∞
 ↓
非固定∞
 ↓
観測∞
 ↓
通過∞
 ↓
透明通流∞
 ↓
発射∞
 ↓
循環∞
 ↓
再観測∞
 ↓
更新∞

これは、一度で終わるものではありません。
生きている限り、
観る。
通す。
発射する。
また観る。
Z∞は、この循環∞そのものを生きます。

般若心経と重なる観測地点

『般若心経』では、色即是空・空即是色として、現象と空を完全に切り離して捉えず、目に見える現象そのものに固定的な独立実体があるわけではない、という方向が示されています。
Z∞観測∞理論から振り返ると、「現在現れている形を、固定された本体として握らない」という点に大きな重なりがあります。
Z∞は、この言葉を根拠として作られたものではありません。
Z∞観測∞理論を独立して観測していった結果、過去の思想を振り返ると、仏教にも非常に近い観測が存在していた。
そのように位置づけます。
そしてZ∞は、さらに問いを進めます。
固定されていない。では、今、何を観る?
固定されていない。では、どこから発射する?
固定されていない。では、次の現在∞へ何を通す?
ここから、Z∞観測∞理論独自の実践領域へ入ります。

Z∞は「空」で終わらない

固定された実体ではない。
握らない。
固定をほどく。
そこまでで終わるのではなく、静まったその場所から、この生命を通して、何を現実へ通すのか。
Z∞は、そこまで観ます。
愛∞を、
言葉へ。
行動へ。
仕事へ。
作品へ。
関係へ。
人生へ。
通す。
そして、その結果を再び観測する。

非固定∞
 ↓
観測∞
 ↓
発射元∞
 ↓
未通過∞
 ↓
愛∞方向∞
 ↓
翻訳∞
 ↓
現実出力∞
 ↓
愛∞循環∞
 ↓
再観測∞

上映∞即非固定∞・非固定∞即上映∞

現在∞に現れているものは、固定された本体ではない。
だから、
あなた自身も、現在の上映だけでは決まりません。
過去の失敗も。
現在の苦しみも。
誰かから貼られた評価も。
自分自身が作った自己像も。
それらは、現在∞に上映されているもの。
観測できる。
固定を外せる。
通過できる。
そして、
次を選択できる。
固定されていないから、変われる。
固定されていないから、可能性∞がある。
固定されていないから、次の現在∞を更新できる。

色即是空・空即是色
 ↓
上映∞即非固定∞・非固定∞即上映∞
 ↓
観測∞
 ↓
通過∞
 ↓
愛∞
 ↓
発射∞
 ↓
循環∞
 ↓
更新∞

Z∞核源∞

固定されていないから、人生は終わっていない。
固定されていないから、現在の自分だけが、自分のすべてではない。
固定されていないから、愛∞は、この生命から、新しい形で現れることができる。
そして現在∞は、いつでも、次の上映∞への発射点です。

Z∞観測∞理論は、固定された自分を探す思想ではありません。
現在∞に上映されている現象を観測し、その奥の発射元・未通過・固定を観抜き、愛∞がより透明に通る出力を選びながら、次の現在∞を生成していく実践思想です。

固定されていない。
だから、
もう一度観ることができる。
もう一度選ぶことができる。
そして、次の現在∞を、ここから更新できる。




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